小売店の店長
私たちトレイクでは、誰でも発揮できる「等身大のリーダーシップ」について、事例とポイントを紹介しています。
■カネで説得できない
ある小売店の店長。
新しく着任した店の売上は前年比85%まで落ち込んでいました。トップからは前年比110%にしろと厳命が下ります。とんでもない数値で、嫌がらせだと思いました。
目標を達成したら金銭のインセンティブをもらえますが、カネをもらってもイヤだと思う。カネをもらう姿を想像すると自分が卑しくなります。
店長は考えます。
店員にカネで説得できない。自分と同じく卑しさを感じる者もいるだろう。しかし、カネで生きるためのモノが買える。生活を豊かにするためのモノ・コトが買える。要はカネは媒介なのだ。
店長:「なあ、もしカネがもらえたら何につかう?」
店員:「服を買いたい」、「うまいものを食べたい」、「家族を旅行に連れていきたい」
カネを介して得られる価値をイメージさせることに成功しました。
■間髪入れず施策を示す
このタイミングで売上拡大にむけたリーダー行動を断行します。
まずは目標の説明。店員は口を揃えて無理といいます。それは折り込み済み。服が買えるぞ。うまいものが食えるぞ。家族を旅行に連れていけるぞ。店員たちが抱いた価値を思い出させます。
店員の訝しげな表情をよそ眼に、間髪入れず施策を示します。
商品ごとに在庫回転率をあげる。死蔵在庫を減らし売れ筋商品を確実にさばく。そのために日次の売上管理が必要だ。店舗では精緻な需要予測は行えない。店員の直観が頼りだ。「どんな情報でもいいから提供してほしい」と。
売上の状況は大きく書かれた紙が店内に貼ります。来店客に見えてしまうのではと店員はハラハラ。「来店客が『この店売れてるね』と言われるぐらいの数字を出そう」と意に介しません。
■根拠を示す
店長がここまで腹をくくると、あきれていた店員に変化が生じます。「〇〇商品が売れ筋だと思うのですが」と提案するようになりました。店長は黙ってうなづき本部にかけあいます。
売れ筋商品はどの店舗も欲しいもの。なかなか回ってきません。本部は「売上目標が未達の店が本当に売れるのか?」と懐疑的です。
店長は日次の売上と店員が得た来店客の声をもとに粘り強く説得します。根拠がしっかりしていると相手も折れるしかありません。
売れ筋商品が入荷し、販売ロスが減少しました。日々の売上が伸びていきます。小さな成功を積み重ねて店員の意欲が高まります。「今度の長期休暇に家族と海外旅行へ行く予定だ」と皮算用する者もでるほどです。
こうして売上は対前年135%を達成。在庫回期率も向上し、会社のキャッシュ増加に貢献しました。成果を出すことで店員からの信頼も蓄積しました。
店長に気のゆるみはありません。もう次の施策を考えています。
■このリーダーの持論
・負け癖がついたフォロワーにはまず外発的動機づけから
・フォロワーの声に真摯に耳を傾ける
・成果を出せば周囲は認めてくれる
■このリーダーから学ぶ
(1)動機づけ
カネを先に示せば卑しさを感じます。そこで、店員の満たされない気持ち(欠乏)を引き出し、カネがあれば満たされること(期待)を抱かせ、インセンティブとしてカネ(誘因)があることを示しました。
また、未成熟なメンバーにはカネ(外発的動機づけ)が有効です。ただ、成熟するごとに外発的動機を減らし、承認・賞賛(内発的動機づけ)を行います。ここまでくると、店員への外発的動機づけは必要ありません。店長はカネの話をしなくなりました。
(2)すぐ道筋を示す
負け癖がついたフォロワーは、絵(ビジョン)を示されたところで「できるわけない」と思うものです。
しかし、実現可能な解決策が示され、他店が成功した事例や自分たちでも達成可能であることが示されると、意欲が高まります。少なくとも反論の余地は少なくなり、とりあえず動かざるをえなくなります。
大切なのは、負け癖がついたフォロワーに対しては、絵を示したら間髪入れず道筋を示すこと。ただし、絵について腹落ちしていないのに道筋を示すと不信感が募ります。フォロワーの反応に注意を払い焦らず説明を進めることが大切です。
(3)エビデンス・ベースド・マネジメント(Evidence based Management)
このリーダーは、フォロワーや関連部門に根拠を示しました。根拠を示すために必要な情報は何かを考え、実際に収集しました。目的を起点として手段を考案する「情報分析の合目的性」が奏功したのです。
職場レベルのマネジメントに高度な統計知識は必要ないと思いますが、直観に頼ってきた「現場力」に少しでも科学的要素が入るのは価値あることです。情報通信技術の進展によって、これからは、事実・データを根拠にした科学的なマネジメントがいっそう求められると思います。
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株式会社トレイク(TRAIC.Ltd)
斎田真一(かえる先生)
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